トップ北九州の五街道を往く香春道・秋月道を往く(国道概要)小倉
『北九州の五街道を往く』より
香春道・秋月道を往く
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小倉
 
大興禅寺
▲大興禅寺  
祇園社  
▲祇園社  
富士見茶屋辺りからの風景(足立山)
▲富士見茶屋辺りからの風景(足立山)
細川忠興がそれまでの小倉城を大改築して新たな城として完成させ、領国の中心であった中津城から移ってきたのは慶長七年(1612)のことです。足立山から流れる寒竹川を導いて東の堀として(現在の神岳川・砂津川)、紫川との間の荒地を東曲輪として開発することで、高橋氏や毛利氏が治めていた頃の数倍の敷地を持つに至った、この城について、『藩譜採要』では、城普請の名手であった忠興が次のように語ったと書かれています。「この城を攻めるためには八万の軍勢が必要であるが、街道に通じる主要な門を八ヶ所に設けてあるので、攻撃する側は八方面に分散しなければならない。これに対し守る側は一万の軍勢で勝手のよい所に打って出れば対等の人数で戦闘ができる」。その主要な門のひとつが香春街道に通じる香春口門です。この門もほかの門と同じく、石垣を設けた枡形門で万全の防衛を考えた結果、造られたものです。さて、その門跡を出て、城野へ。このあたりには昔、富士見の茶屋があったといいます。街道から眺めた黒原方面の足立山がちょうど富士山のように見えたからだといいます。さらに、徳力方面を目指してゆきます。紫川を挟んだ一帯には、鎌倉時代に建てられたという蒲生の大興禅寺や貞観十二年(870)に山城国八坂から観請されたという祇園町の祇園神社など由緒のある建物が見られ、このあたりが古くからひらけた土地だったことを感じさせてくれます。
 

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