トップ北九州の五街道を往く香春道・秋月道を往く(国道概要)徳力・呼野
『北九州の五街道を往く』より
香春道・秋月道を往く
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苅田
 
小嵐山
▲小嵐山
金辺峠
▲金辺峠
島村志津摩の碑
▲島村志津摩の碑
呼野宿
▲呼野宿
道が紫川に架かる桜橋あたりにくると徳力の小嵐山が…。紫川を京の大堰川に見立てると、ちょうど後ろの山(以前は徳力山といった)が嵐山あたりの風景のように見えるところから細川忠興がつけた名です。今でも小京都という言葉がありますが、京都に対する憧れがここにはうかがえます。この徳力は呼野とともに宿場として知られています。小嵐山の麓を通り、石原を経て呼野へ。「従是小倉迄三里貳拾四町」と刻んだ里程標の立つかつての宿場・呼野は金山があったことでも知られています。細川時代に発見発掘されていたもので、細川氏が豊前国を小笠原氏に引き継ぐときも「金山三ヶ所に御座候」と採掘を奨めています。もっとも「近頃は運上(上納金)も無御座候へども」とつけ加えていますから金山経営はたいした収益にはなっていなかったようです。さて、呼野を過ぎ金辺トンネルの手前を左に旧道が登ってゆきます。その頂上が金辺峠。幕末に、小倉藩の中老・島村志津摩が長州の軍勢をくい止めたことで知られる峠です。小倉城が焼かれ、武士全員が熊本へ落ち延びると思っていたところ、志津摩らが「金辺峠に踏み止まり部下を使して、要害の地に台場を築き茂木を結い守備堅固にして」闘いに臨んだため、戦火にさらされずに済んだ田川郡の農民や町人は志津摩を讃えました。その功績を顕彰した島村志津摩の碑が峠にあって当時の人々の思いを伝えています。
 

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