トップ北九州の五街道を往く香春道・秋月道を往く(国道概要)香春・猪膝
『北九州の五街道を往く』より
香春道・秋月道を往く
各パンフレット紹介
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行橋
 
清祀殿
▲清祀殿  
里程標 止宿碑
▲香春付近の
 里程標
▲香春・伊能忠敬
 止宿碑
 
猪膝道追分  
▲筑前上野道・猪膝道追分  
金辺峠を下れば採銅所です。ここは、古くから銅が採れたことで知られた土地です。香春岳・三の岳の「間歩(採掘場所のこと)」から採れた銅は麓の清祀殿で鏡に鋳造されて大分の宇佐八幡宮の放生会(捕らえられた生き物を逃す儀式)に奉納されていました。記録によれば、この奉納は養老四年(720)から亨保八年(1723)に亘って行われていたということです。さて、採銅所を過ぎて香春へ。道の傍らに里程標が。「従是採銅所貳里」。さらに往けば伊能忠敬止宿跡があります。文化九年(1812)七月十三日、九州を測量していた伊能忠敬が「年寄・米屋源右衛門」のもとに泊まったのです。その夜は「大雨」だったと忠敬の『測量日記』には記されています。忠敬一行は十四日にも香春に泊まり、翌十五日は「香春町出立、採銅所町…呼野宿駅一里半、徳力宿、昼休庄屋勘右衛門、二里小倉城下へ…小倉へ逗留して月食測量の支度を成す」と、精力的に動いています。このとき忠敬は67歳。その意欲と行動力は目を見はるほどです。さらに往けば追分の碑が。「従是南豊後日田道。従是西猪膝道」。右折して猪膝道へ。香春岳のもとをゆるゆる往けば再び追分です。「従是西上野通筑前道。従是南猪膝通筑前道」。次の宿・猪膝を目指して道を左に折れてゆきます。猪膝は小倉の戦火を逃れた小笠原の幼い藩主・豊千代丸が「疲労の為」気分が悪くなり泊まった場所です。
 

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