トップ北九州の五街道を往く香春道・秋月道を往く(国道概要)大隈・千手
『北九州の五街道を往く』より
香春道・秋月道を往く
各パンフレット紹介
国道概要 街道物語 今昔地図
まち・史跡≫ 小倉 徳力・呼野 香春・猪膝
大隈・千手 秋月 野町・松崎

大隈・千手
 
旧本陣玉の井(大隈)
▲旧本陣玉の井(大隈)  
日田街道(大隈)
▲日田街道
  (大隈)
 
横町街道(千手)
▲横町街道(千手)
大屋家(千手)
▲大屋家(千手)
猪膝方面から下ってきて大隈へ。黒田藩主も泊まったことで本陣と呼ばれている造り酒屋・玉の井(矢野家)や、その傍らを東に伸びてゆく小石原(こいしわら)に通じる日田街道を見つつ道を往きます。天正十五年(1587)、島津氏と連合した秋月種実を討って九州を平定しようと、筑前から肥後へと下った豊臣秀吉も通った道です。種実は古処山城を根拠地として迎え討とうとしましたが、一帯を埋め尽くす豊臣勢を見て勝ち目のないことを悟り、名茶器・楢芝肩付を差し出して降伏しました。このとき、大隈の人々は豊臣勢に協力した恩賞として秀吉の陣羽織と書状を与えられました。この陣羽織は今でも大切に保管されています。戦国の合戦に思いを馳せながら千手へ。秋月種実が依った古処山のふもとにある宿場・千手は横町と本町に分かれています。横町の元庄屋・大屋家を見つつ西へ折れ、さらに南に折れて国道322号と重なる本町の道。その傍らにあるのが大屋家。庄屋・大屋家の分家で江戸末期にはロウ絞めを稼業としていたということです。ここから道は登り坂となり難所・八丁峠へと向かいます。この八丁峠を越える道は二つ、旧八丁越と新八丁越です。新八丁越は黒田秋月藩が開削したもので、江戸時代はこちらの道を利用するように定められていたのですが、石畳が敷かれているとはいえ旧八丁越とたいしてかわらない急勾配で、歩くしかない昔の旅の大変さが思いやられます。
 

その他パンフレット紹介≫ 海の道 陸の道 中津街道 燃え石の道 長崎街道 香春道・秋月道


Copyright © 2002 国土交通省九州地方整備局北九州国道事務所. All rights reserved.