トップ北九州の五街道を往く香春道・秋月道を往く(国道概要)秋月
『北九州の五街道を往く』より
香春道・秋月道を往く
各パンフレット紹介
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秋月・カギの手
▲秋月・カギの手  
秋月・高木家  
▲秋月・高木家  
大己貴神社  
▲大己貴神社  
 
秋月・眼鏡橋
▲秋月・眼鏡橋  
城下町・秋月の特色がよく出ているのが、道を直角に曲げた「カギの手」や、通りに面して鋸の刃のように斜めに建てられた家並みです。これらは敵の進撃を阻んだり、攻撃から身を隠すための防衛上の工夫でした。それが今では町並に独特の趣を与えているのが印象的です。野鳥川を挟んで対岸には武家屋敷や秋月城址があり、白壁や石垣が「小京都・秋月」と呼ぶにふさわしい雰囲気を醸し出しています。街道をやや下って往けば道の左手に高木家が…。菓子や日本料理に欠かせない本葛を商う老舗です。江戸時代に初代・高木久助が紀州での修行の末、藩主・長韶(ながつぐ)に献上したところ大変喜ばれ、藩の財政再建にも貢献し、以来秋月名産として親しまれているということです。さらに往けば眼鏡橋があります。それまでは「本寿院橋」という木の橋が架かっていたのですが、郡奉仕・江崎半左右衛門が長崎に出向いたおり、眼鏡橋を見て丈夫な橋づくりを思い立ち、長崎から石工を呼んで造らせたものです。別名の長崎橋は、こんなところからきたものでしょうか。文化七年(1810)の渡り初めには藩主・長韶も臨席したことが『白翁随筆』に書かれています。秋月をあとに街道をゆけば弥永の大己貴(おおなむち)神社が見えてきます。豊臣秀吉の九州出兵で焼失し、元禄六年(1693)に黒田長重により再興されたという歴史を持つ杜について貝原益軒は「神さびて境地ことに勝れたり」と書いています。
 

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