トップ北九州の五街道を往く香春道・秋月道を往く(国道概要)野町・松崎
『北九州の五街道を往く』より
香春道・秋月道を往く
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豊前
 
依井の追分 野町街道風景
▲依井の追分 ▲野町街道風景  
福永家(松崎)  
▲福永家(松崎)  
南溝口跡(松崎)
▲南溝口跡(松崎)
秋月から依井(よりい)に来れば追分にぶつかります。北東へゆけば博多への日田街道、南へ向かうと野町の宿です。元は依井村の一部で野原だったところを秋月初代藩主・黒田長興が寛永十四年(1637)に宿場としたものです。その翌年、長興は島原の乱平定のために秋月から出陣しましたが、秋月の城下から四キロの列をなしたという一行は野町で昼食を取って島原へ向かったということです。その野町の関所跡の碑や本陣のあったあたりを見ながら道を往きます。文化十三年(1816)の往還(道)や宿についての定め(『郡定・法令町定』)によれば「道や橋が破損しないよう常に気を配らねばならない」など常に秋月藩が道を気遣っていたことがうかがえます。戦乱の時にも、普段の暮らしにも道はなくてはならないものだったからでしょう。長崎街道・山家(やまえ)宿への道が分かれてゆくと松崎宿の北構口(構え口は宿の入口にある番所)に至ります。そこから入り左へ折れると油屋が。西郷隆盛や高山彦九郎も泊まったという由緒ある宿屋で、大正時代までは営業していたそうです。本陣は今の福永家のあたりにあって二千坪もの敷地があったといいます。今、その本陣の門がひっそりと残され、当時を偲ばせてくれます。本陣のある通りから右に折れ、ゆるやかなカーブに沿ってゆくと南構口があります。当時の石垣がよく残されていて、小倉からの旅の気分をなごませてくれます。
 

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