トップ北九州の五街道を往く燃え石の道を往く(国道概要)勝山
『北九州の五街道を往く』より
中津街道を往く
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勝山
 
綾塚古墳
▲綾塚古墳  
菩提廃寺跡
▲菩提廃寺跡
仲哀峠
▲仲哀峠
行橋の御所ヶ岳のふもとを走る道は、豊前・豊津の国府と太宰府をつなぐ官道でした。こうした道は唐や新羅の使節などが通ることも多く、太宰府官符にも「道路の修理を怠って外国人に笑われて国威を損することのないよう、国司はよく注意せよ」と記されたほどで、非常に重視されていたということです。そんな遠い昔に思いを馳せながら往くと、道はやがて国道201号に合流します。ここは勝山。古墳が多いことで知られた町です。その古墳群をたどってみます。最初は橘塚古墳。黒田小学校の校庭にある円墳で、その横穴式石室は全国でも有数の大きさを誇っています。そして綾塚古墳。慶長の頃、細川忠興の家臣がこの古墳の石室を石蓋を壊して小倉に運ぼうとしたところ、さまざまな災害がおこったのでとりやめた、という話が伝わっています。そして扇八幡古墳。全長58メートルに及ぶ前方後円墳を樹齢何百年という照葉樹林が覆い、昔のままの自然をいまに伝えています。古墳がつくられ、官道が走った町には大きな寺院も建立されました。菩提廃寺跡の十七の礎石が当時の壮麗な伽藍と平安の時代の記憶を語り継いでいるかに見えます。さて、菩提廃寺跡から道は桜の名所・仲哀峠へ。七曲がりとも呼ばれるこの峠を越え、田河(現在の田川郡香春町)、綱分(庄内町)を経て官道は太宰府に至ったのです。「わかれきて峠となればふりかえり」。山頭火の句です。
 

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