トップ北九州の五街道を往く燃え石の道を往く(国道概要)飯塚・篠栗
『北九州の五街道を往く』より
中津街道を往く
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飯塚・篠栗
 
忠隈炭坑のボタ山
▲忠隈炭坑のボタ山  
嘉穂劇場  
▲嘉穂劇場  
貝原益軒旧宅碑  
▲貝原益軒旧宅碑  
 
飯塚・伊藤伝右衛門旧邸
▲飯塚・伊藤伝右衛門旧邸  
「遠賀川小暗き中に銀色の光りは長く夜は明け染めぬ」。九州の石炭王と呼ばれた伊藤伝右衛門に嫁いだ歌人・柳原白蓮の歌です。飯塚・幸袋にある伊藤旧邸。武家屋敷を思わせる門と建物が石炭産業の隆盛ぶりを今に伝えています。白蓮の歌った遠賀川は積みだし港である芦屋や若松に向けて石炭を乗せた「ひらた舟」が行き交った川です。その川の上流を見やれば筑豊富士と呼ばれる忠隈炭坑のボタ山が…。今では緑に覆われ、きかなければ人の手によってできたことがわからないほど風景に溶け込んでいる山。そんな山を次々につくり出した石炭産業の隆盛ぶりを、もう一つの面で伝えているのが嘉穂劇場です。桟敷と花道…明治の芝居小屋の雰囲気を持つこの劇場には仕事を終えた炭坑夫たちがつめかけて大変賑わったといいます。その飯塚をあとに八木山へ。ここには藩の国境警備の仕事についた父に従って少年の頃を過ごしたという貝原益軒の旧居跡があります。その後、益軒は藩主・光之に重用され、学者として大成していったのです。益軒は八木山について『筑前国続風土記』のなかでこう書いています。「此の坂(石坂)より下を見れば、豊前の田河郡、嘉摩、穂波の諸村、眼下にありて佳景なり」。佳景の八木山を越えて篠栗へ。ここは黒田長政がつくらせた宿場です。益軒によれば、ここには藩主の別館があり、藩主・光之も何度か訪れたということです。福岡へは「三里二十町」、道は続いています。
 

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