トップ北九州の五街道を往く長崎街道を往く(国道概要)山家・原田
『北九州の五街道を往く』より
長崎街道を往く
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山家・原田
 
近藤家跡 郡屋土蔵
▲近藤家跡 ▲郡屋土蔵  
西溝口  
▲西溝口  
筑紫神社
▲筑紫神社
冷水峠から一里半の山家。大庄屋・近藤家跡を右に見ながら行き街道を右へ折れると郡屋。これは郡奉公や大庄屋などの会議所です。ここには、大名行列に必要な草鞋などの品物が納められていたという土蔵があります。郡屋を出ると街道は左へ折れます。ちょうど「カギ型」に宿を抜けてきたことになりますが、左に折れてすぐにあるのが西構口です。長崎街道の構口がそのままの形で残っているのはここだけです。構口を出るとやがて追分石が…。「右肥前/太宰府・長崎・原田。左肥後/久留米・柳川・松崎」と刻まれています。左へ行くのは薩摩街道です。この石は現在、紛失などを防ぐために筑紫野市立歴史民俗資料館に置かれています。さらに、長崎街道から分かれる日田街道を見ながら行くと原田。肥前国境の宿です。国道200号に別れを告げ、太田南畝が「神さびたる神社」と書いた筑紫神社に参ったあと街道を行きます。周辺人口が増えたためか宿場らしさが感じられません。そこで、宿の姿を『鬼木家文書』でたどってみました。安政七年(1860)。長崎奉行配下の家族3名宿泊。その翌年の文久元年。蒸気船制作御用の小野左太夫や鍛冶職の兼太郎ら22名宿泊、と町茶屋(脇本陣)しかなかった原田の微かな活気が伝わってきました。見えなくても思い描くことはできる。そんな思いの中で筑前六宿街道の旅は終わりを迎えます。
 

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