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『北九州の五街道を往く』より
中津街道を往く
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築城・椎田
 
本庄の大楠
▲本庄の大楠  
寒田渓谷  
▲寒田渓谷  
菓実神社  
▲菓実神社  
 
綱敷天神
▲綱敷天神  
貝原益軒は築城の町を通らず「城井谷を見まほしければ(見たかったので)」として築城川に沿った道を遡ります。「本庄村の大楠木あり」。このあたりは古くから大分の宇佐八幡宮造営のための木材を切り出す土地とされ、この大楠のもとでは「杣始(そまはじめ)祭」が行われました。そんな伝統を誇る美林からなる山々、その山間の「狭き所わつかに河を容る」寒田(さわた)の渓谷を行けば、やがて城井(きい)城跡が見えてきます。「たぐひなき要害なり」と益軒が讃えたこの城にあって一帯を治めていた城井氏は元は宇都宮氏といい、鎌倉幕府の命で下野(栃木)からこの地に移ってきたのだといいます。益軒は、黒田氏の土地をかすめ取るようなふるまいをした城井氏を黒田長政が滅ぼしたと書いていますが、城主・鎮房が長政らの手で「だまし討ち」にされたという記録もあり、書き手によって揺れ動く歴史というものを考えさせられます。城井谷を下った益軒が詣でたのが椎田の海辺にある綱敷神社です。太宰府に流される途中、暴風雨に遭って流れ着いた菅原道真のために土地の人が綱を敷いて席を設けたという伝説の社です。さて、益軒が通った中津街道の南側には古代の豊前国府に至る道がありました。菓実神社は、その道を通る旅人のために果物のなる木を植えたところと伝えられています。海辺や、道辺に人への心づかいを感じさせる言い伝えが残る町。それが椎田なのかもしれません。
 

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