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国道表 国道の誕生
イメージイラスト1868年(明治元年)日本に新しい時代が来ました。道路や交通の様相も変わります。
まず、交通の面では、明治2年関所の廃止が全国に通達され、一般の人も自由に往来ができるようになりました。翌3年には東京で人力車の営業も開始されました。さらに明治5年には新橋〜横浜間で鉄道が開業され、俗にいう陸蒸気(おかじょうき)が走り出しました。
一方、明治9年(1876年)に道路制度が公布され、道路の種類、等級が、国道、県道、里道となり、それぞれ一等から三等に区分されます。ちなみに国道という用語が使われたのはこの時が初めです。
しかし国道の等級は明治18年(1885年)に廃止され同年2月、国道の幅員を7間(12.7m)以上と定め、国道路線規定(国道表)を制定し44路線が告示されます。国道26号以外はすべて東京が起点で、終点地へ向かう途中は他の国道と重複する事がありました。この国道は明治44年(1912年)までに16路線が追加され総計60路線となります。
こうして政府は初めて正式な国道路線規定を決定しました。また道路に関する法体系も一応すべて整えられた事となり、これにより本格的、計画的な路線の整備や改修の基礎が築かれました。

◆明治9年に公布された道路の等級
国道


県道


里道


一等:
二等:
三等:
一等:
二等:
三等:
一等:
二等:
三等:
東京より各開港場(貿易港)に達するもの
東京より伊勢神宮及び各府・各鎮台に達するもの
東京より各県庁所在地に達するもの及び各府と各鎮台を連絡するもの
各県を連絡するもの及び各鎮台より各分営に達するもの
各県本庁より支庁に達するもの
著名の区より都府に達するもの或いはその区に往還するのに便宜の港等に達するもの
数区を通過し、或いは甲区より乙区に達するもの
用水堤防牧畜鉱山製造所等のため該区住民の協議によって設けたもの
神社仏閣及び田畑耕耘の為に設けたもの

◆明治18年に公布された国道44路線
 ※国道26号以外はすべて東京が起点です。
1号:
2号:
3号:
4号:
5号:
6号:
7号:
8号:
横浜港
大阪港
神戸港
長崎港
新潟港
函館港
神戸港
新潟港
9号:
10号:
11号:
12号:
13号:
14号:
15号:
16号:
伊勢神宮
名古屋鎮台
熊本鎮台
群馬県
千葉県
茨城県
宮城県
山梨県
17号:
18号:
19号:
20号:
21甲:
21乙:
22号:
23号:
岐阜県
福井県
石川県
富山県
富山県
富山県
鳥取県
鳥取県
24号:
25号:
26号:

27号:
28号:
29号:
30号:
島根県
島根県
大阪府〜
広島鎮台
山口県
山口県
和歌山県
徳島県
31号:
32号:
33号:
34号:
35号:
36号:
37号:
38号:
愛媛県
高知県
高知県
福岡県
大分県
宮崎県
鹿児島県
鹿児島県
39号:
40号:
41号:
42号:
43号:
44号:
山形県
秋田県
青森県
札幌県
根室県
沖縄県

◆明治44年までに追加された国道16路線
 ※国道48・53・54号以外はすべて東京が起点です。
45号:
46号:
47号:
48号:

49号:
50号:
51号:
52号:
53号:

横須賀鎮守府
呉鎮守府
佐世保鎮守府
佐世保鎮守府
〜熊本鎮台
奈良県
香川県
大分県
舞鶴鎮守府
舞鶴鎮守府
〜第9師団(石川県)
 明治20年7月追加
 明治20年7月追加
 明治20年7月追加
 明治20年7月追加

 明治20年11月追加
 明治23年3月追加
 明治33年10月追加
 明治37年3月追加
 明治37年3月追加

54号:

55号:
56号:
57号:
58号:
59号:
60号:



j舞鶴鎮守府
〜第10師団(兵庫県)
第8師団(青森県)
第17師団(岡山県)
第13師団(新潟県)
静岡県
第16師団(京都府)
第14師団(栃木県)



 明治37年3月追加
 
 明治37年10月追加
 明治42年3月追加
 明治42年5月追加
 明治43年9月追加
 明治43年10月追加
 明治44年3月追加




※鎮台について
明治時代初期の陸軍編成単位。明治4年(1871年)東京・大阪・小倉(鎮西)・石巻(東北)の4鎮台が設置されました。
明治6年には6鎮台(東京・大阪・熊本・広島・名古屋・仙台)に改編されました。明治21年(1888年)になり、鎮台制は廃止され師団へと改称されました。また、明治9年の道路制度の一等県道にある「分営」とは鎮台の指揮下にある部隊の駐屯地のことです。九州を管轄した熊本鎮台には熊本(第十三聯隊)・小倉(第十四聯隊)の分営が設置されました。

※鎮守府について
海軍の行政組織。明治9年(1876年)に東海(横浜)・西海(長崎)の両鎮守府が設置され、明治22年(1889年)に横須賀・呉・佐世保・舞鶴の4鎮守府に再編され、海上警備などの任にあたりました。鎮台は明治21年に師団へと改称されましたが、鎮守府は昭和20年8月の終戦まで存続しています。

※明治初期の「区」について
明治9年の道路制度にある「区」とは、明治5年(1872年)の大・小区制による「区」のことです。大・小区制では各府県の下部組織として大区を設け、大区の下部組織として小区を、その下に町村を設けた組織を作っています。これは旧来の町・村の繋がりに関係なく地域を区分けしており、また、区長なども県が任命し行政組織の末端としての性格が強いものでした。
この大・小区制は地域住民の利便性に配慮していなかったため、不評であり不便も多いため、明治11年(1878年)になり「郡区町村編成法」の公布により廃止されました。

 

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