215 東方(ひがしかた) 小林市
かなり広いが、真方(まがた)の東にあるところから、このように付けられたものであろう。南西方、北西方と同じようにその方角から付けられたと考えられる。


216 東麓(ひがしふもと) 野尻町 
薩摩藩の外城(とじょう)の一つであるが、ずっと麓(ふもと)と呼ばれてきた。地頭仮屋の周囲の武士集落のことであるが、高原にも麓の地名があり、それと区別するため明治18年(1885)に野尻の麓が東の方角にあるので東麓と呼ばれるようになった。ここは現在も野尻町の中心で役場が置かれている。国道268号下の石窟(せっくつ)内には東麓石窟仏がある。かつての旧道沿いにあったといわれ、県指定史跡。鎌倉時代の作とされている。

外城(とじょう)外城(とじょう)とは、薩摩藩独特の支配制度で、領内を102の区画に割り、それぞれ地頭仮屋を設けた。周囲に麓(ふもと)といわれる武士集落をつくり、その地域の行政を管轄させ、これを「外城」といった。戦時には、そのまま麓の武士が軍団を形成して地頭の指揮に従って動員される仕組みだった。



217 提原・堤原(ひさげばる・つつみばる) 綾町 
綾町の公共施設が集中している町民センターあたりの土地台帳にある小字(あざ)名。かつては雑木雑草の生えた川原であったという。ヒサゲ提は、ヒサギ楸・ヒサギの当て字で、提原はヒサギ楸 の多い原野・川原の意味であろう。日向市富高に楸原(カワラヒサギの生育地)がある。
『日向地誌』に「提(ヒサゲ)原」とあり古くからの地名であるが、『綾郷土誌』(昭和57年発行)に「提原(ひさげばる)」ではなく「堤原(つつみばる)」とあり、町道名(堤原線、堤原川久保線)や橋名(堤原橋)にも使われている。町民の中には「提原」を知らない人や「堤原」と思っている人も多い。道路名の「堤原」は、昭和60年5月の町議会で承認されている。

ヒサギ楸・ヒサギ ヒサギ楸はキササゲまたはアカメガシワの古名。キササゲはノウゼンカズラ科の落葉高木で高さ5〜10メートルになり、河岸などに自生する。アカメガシワはトウダイグサ科の落葉高木。ヒサギはツバキ科の常緑低木。



218 一ツ葉(ひとつば) 宮崎市 
宮崎市東部の大淀川以北の海浜を一ツ葉浜という。その南部の砂丘内側に一ツ葉入江と呼ばれる潟湖が形成され、かつては大淀川河口に達していた。戦前は宮崎近郊第一の名勝地とも言われたが、現在この入江に宮崎港が造られ、河口とは防波堤と水門で仕切られている。この浜にある松の木の中に往々に見られるという「一葉(=単葉)」に由来する地名である。

潟湖 河口部の入り江にできる地形。海岸では、一ツ葉入江や一ツ瀬川入江のように、砂丘に囲まれて浅い湖になる。干潮の時には広い干潟になる。このような湖を潟湖またはラグーンという。
大淀川河口にわずかに残っている一ツ葉入江



219 姫城(ひめぎ) 都城市 
中央部を姫城川が西流している。かつて旧領主館のあった地域を含む地名である。古くは姫木と書き、肝付兼重(きもつきかねしげ)の武将が姫木山に姫木城を築いた後、姫城と書くようになったのは、城との関わりだろうか。姿の美しいことを姫というので、城をさしていたのかもしれない。その姫木山も、戦後は壊されて市街地になり、市役所、図書館、美術館などがあり、市の中心地である。
姫城 都城市役所



220 広沢(ひろざわ) 綾町  
綾町の最西南部、西諸県郡野尻町や小林市須木との境、大淀川の支流浦之名川(瀬越川)の上流にある集落名。広沢は広い沼沢地の意味である。かつては須木村岩前から綾村に入る西の玄関口であった。天明2年(1782)に薩摩藩の辺路番所(へんろばんしょ)が置かれた。平成12年3月浦之名川に農業用水確保のための広沢ダムが完成し、18年4月に用水の供給が始まった。灌漑(かんがい)面積は宮崎市・綾町・野尻町の1,664ヘクタールに及ぶ。
浦之名川の広沢ダム(平成12年3月完成)



221 広島(ひろしま) 宮崎市
広島県の人々が多く移住したことに由来するという人もいるが、宮崎県の移民政策以前から存在する地名である。かつてこの地に多数の古墳が存在していたことからもわかるように、周辺よりもやや高い土地である。かつて広い島であったというよりも、周辺が浸水しても島のように水没しない広い土地に由来するものと思われる。「大島」も同じ意味と思われる。

宮崎県の移民政策 藩政時代には薩摩藩の政策で西諸県郡や北諸県郡に移民が行われた。明治36年(1903)〜大正3年(1914)の間に県は移民事業を進め、東諸県郡や宮崎郡などに約1700戸の移民が行われた。



222 広原(ひろわら) 高原町 
文字通り土地が広く開けた所に付く地名。宮崎市の中心部から、佐土原に入る所にも同じ地名がある。村の前面が広く開けた土地である。高原町の広原は小林市との境界に近い所である。土地が広いので、上広原、下広原、西広原などがある。
広原小学校付近

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