283 龍官須(りゅうかんず) 綾町
綾町中心部(役場)から約2キロメートル西南へ行った所の、今は酒泉の杜北側あたりの地名。かつては中州であったのであろうが、今は田地に整理されている。たぶん官は頷(あご)、須は州の当て字で、龍官須は龍(りゅう)のあごのように雑木雑草の生えている中州(なかす)の意味であろう。ユリ科多年生常緑草のリュウノヒゲ(龍の髭)も生えていたかも知れない。あるいは龍官が龍眼の当て字ならば、ムクロジ科常緑高木のリュウガン(龍眼)の生えている中州の意味であろう。あるいは龍官須は、竜ガ水(土石流)の当て字かも知れない。


284 両国橋(りょうごくばし) 宮崎市 
江戸時代、古城川の中流に両国橋という橋が架かっていた。「源藤(げんとう)村と恒久村との境・源藤川に架かる。長さ11間(約20メートル)幅1間4尺(約2メートル)で欄干(らんかん)がある。明治以前、恒久村は飫肥藩、源藤村は延岡藩に属していた。それで伊東氏と内藤氏が協力して橋を架けたのである。地元ではこの橋を「両国橋あるいは寄合橋(よりあいばし)という」とある。
現在はコンクリートの橋になっている。
両国橋



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