道守ニュース

「道守活動にみる新たな公」セミナーの概要

2009年3月26日

講話1:『道守活動について』
(株)西日本新聞会館代表取締役社長 玉川 孝道 氏

玉川 孝道 氏

 名島には何十年ぶりに来ました。今日は道守についてお話をしたいと思います。道守というのは、もちろん道を守るという文字どおりの内容を民間で担おうという事で、道守九州会議の副代表世話人という立場で道守について多少ご理解をいただきたいということでやって参りました。
 九州各地では、道路のポイ捨て缶を集めたり、沿道に花を植えたりと様々な活動がされているのですが、みんなバラバラにやっていましたし、清掃用具の調達だったり保険はどうしているかという様々な問題があります。行政側も道のメンテナンスに関して認識が揃っていないところがある。それではお互いにネットワークを作って、お互いの悩みや、問題点を解決していく組織をつくろうということになり、2004年2月に道守九州会議が誕生しました。

 道守の組織が出来てから5年ぐらい経ちます。実は道守というものは万葉時代からあり、その頃から道を守る人がいました。というのも、道は自治体あるいは国にとって非常に重要な役割を果たしていたからです。ですが、数十年前までは家の周りは自分たちで清掃していたのに、昨今では公に対する意識の低下、つまり車中心の道路となっていたことで、人々を道路から追い出してしまっているところもあります。せいぜい歩行者優先道路で横断道路を歩くときに優先で歩け、車は止まらないといけないぐらいの他には、全部車が優先ですね。

 そういう風に道から人々の心が離れていく。その中で、道は公のものでないというような感じが出始めているとおもいます。

 1992年に、今は合併して久留米市になりましたが、当時の北野町で、せっかく地区の老人会がコスモスを植えたりチューリップを植えたりしているのに、空き缶のポイ捨てがものすごく増え始めました。それに業を煮やした北野町の住民の人達がポイ捨て禁止条例を作ろうということで、町の町条例を作ったんです。ただ、罰金を科すといった内容までに行き着かなかった。ですから精神的な条例ぐらいにすぎない。アメリカの場合だと、ポイ捨てについては200ドルとか300ドルとか、ひどいところではカリフォルニアでは1000ドルとか罰金を取る。そういう風に公のものを汚したり傷つけたりすることに対して社会が厳しい。しかし、今もって日本の方はすさまじい状況です。皆さんの仕事である道路というものが国民の心が離れてしまったということをどうするのか、ここが非常に大きな問題なんだと思います。

 道守という、全くの民間組織を作って、もちろん掃除をしたり花壇を作ったりというのもありますが、公というものをどう考えるか、どういう風に考えていかなければならないのか、向き合っていかなければならないのか。道守の人は40,000人いますが、九州の人口1,300万にからすればわずかです。多くの人は国の、公共物はみんなのものといった意識についてあまりにもひどい状況があるわけです。道守会議というものは、みんなで道をきれいにしましょうという愛護だけでなく、1番根っこのところに向き合った運動だということを理解してもらいたいと思います。

 アメリカでは、例えば道路の里親制度といったものが1985年くらいから、行政がそういうアメリカ版の今で言う道守活動を意識的に作っていく仕事を始めました。それから14、15年遅れて日本の国土交通省が取り入れて、今に至っているわけです。それは官製の道守会議ですが、同時にわれわれの道守九州会議の中に、そういう体験をした人がいっぱい入ってきている。

 毎年、道守九州会議を各県持ち回り開催しています。みちづくしというものがありまして「みちづくしin鹿児島」というものを昨年開催しました。各県それぞれの体験方法だとか問題点だとかを出し合って、考える集会をもって、そういう道守というものが次第に定着していくのです。しかし、例えば国道3号の中央分離帯の植え込みを道守が掃除できるかというと、危なくて掃除できるわけがありません。そうすると、行政がやるべき仕事と、民がやるべき仕事というものが整理されていかなければならないと思います。

 行政と民間の協働というときに、両者がごちゃごちゃになって働く必要はありません。道路という道路空間、あるいはその沿線の道路、その他についてそれぞれの役割分担としてみなさんの方が専門知識をもっているわけです。そこを行政の側がどういう風にすれば道守活動と協働作業できるのかということを真剣になって考えていただきたいと思います。


 「新しい公」ということで国土形成計画にありますが、例えば今話したように具体的に実行しようとした時には、支援はどういう風にしていくのかは明らかになっていません。抽象的に言うのではなく、もっと具体的な政策として問題提起をして、社会実験的にこのコンセプトはこうだからという風に先行事例を作っていくということが今後必要になってくると思います。
  例えば、河川や道路も含め色々な公共物がありますが、なぜ汚してもゴミを捨てても何も思わなくなってしまったのかという根っこのところを考えていかなければどうしようもないですね。

  国交省が出した「TURN」という冊子をもう1回読んでみてほしいと思います。道路行政というのは変わらなければいけないということを非常に明確に出しています。これからの道路行政というのは、作るから使う、あるいは維持するという時代になってきた。以前、完成して数十年たつ新幹線のトンネルでコンクリート片が落下し、列車が止まったことがありました。ああいう風に劣化したコンクリートのメンテナンスが必要になってきています。道路でもこれからどんどん増えて行くでしょう。そうすると、どうしても大きなターニングポイントに道路行政がきたという認識がTURNの中にあります。

  例えば、道守という国民が公の公共物をいつもウォッチしています。これは行政と国民との協働作業でなければならない。まさに道守協働作業という時代にこれからもっと入っていくでしょう。だからこの道守九州会議というのはそういう、単に花を植えるとか、道を掃除するとか、人を集めるとか以上に皆さんの仕事の基本に関わる部分だと認識していただきたいと思います。
  道路というのは、必要性は今後も変わらないでしょうが、戦後の日本の高度成長を経て社会の道路の使い方、日本人のその意識、公に対する意識というものがここまで崩れる必要はなかったのに、なぜ崩れたのだろうか。それは道だけではなくて色々なものもそうです。

  アメリカ在住時代の話ですが、アメリカの学校では父兄は学校の管理などを手伝い作っていく、あるいは維持していっています。これは、学校というものが、公のもの、つまりみんなのもの、単に強制だけでなくて、行政だけが作るものでなくみんなでつくるものであるということなのです。教育というものも、仕事も建物も、全てがそういう形で公のものとしてみんなで参画して物事をすすめていき、社会を維持していくということが必要です。そのことがたまたま道に関することであるのが道守九州会議なのです。

 最後に、日本の社会というものはやはり変わってきていると思います。変わっていかなければもたない、そういう風に思っています。

日 時:平成21年3月4日(水)13:30~
場 所:福岡国道事務所会議室

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