『駒(こま)引き』:「河童」が、馬などを川に引きずり込む行為。

 遠賀川のカッパも、子どもを川に引きこみ、「尻子をぬいて」おぼれさせた。しかし、牛馬を川に引きこもうとして逆に引き上げられ、「以後、村人に害を与えません」と約束して釈放されるがその時、石に誓約を刻む話も多い。

 中間市(なかまし)下大隈(しもおおくま)の遠賀川土手に十五社神社があり、その社殿の裏に小祠、石塔が並んでいて、その中のひとつがカッパ石といわれる。一頭の馬が神社近くの河原につながれて草を食べていた時、一匹のカッパが出てきて、綱をはずして川に引きこもうとした。ところが逆にカッパは引きあげられて、村人の中に引っぱりだされた。困ったカッパはこの石の上でわびて川に帰してもらった。この時のカッパの約束で、咳がとまらない時はこの石塔に参り、歳の数だけ逆立ち(トンボ返り)すれば治るといわれる。

 ここで疑問がおこるのは、力が強いはずのカッパがなぜ、牛馬に引きあげられて、人の前にわびるのか、また、綱をはなせば逃げられるのに、ということである。水神は山と川を移動するが、馬に乗って降臨するし、その時、猿が馬の手綱を引いていたという説がある。猿は牛馬舎の守り神で、猿の陶面を牛馬舎(うまや)の前にかけていた民俗は広くみられる。水神は零落しても馬から逃れられなかったし、神々が往来する古代人の信仰や生活感覚が、今のカッパに託されて残っているのである。また、石に証文を刻むのはその村の幸せを永遠にという心意からである。

― 香月靖晴著『「遠賀川」流域の文化誌』より ―