トップページ>河川事業>肝属川の利水事業>生まれ変わった笠野原台地

肝属川の利水事業

生まれ変わった笠野原台地

灌漑事業が始まる前は(〜昭和30年)

広い土地があるのに、十分な水が無い為、一生懸命頑張っても、限られた作物しか作れませんでした。

灌漑事業が始まる前の笠野原台地の様子

灌漑事業が始まる前の笠野原台地

たくさんの人で水をくみ上げる様子

井戸をくみ上げるために何人もの力が必要でした。


いよいよ灌漑事業がスタート(昭和30年〜)

高隈ダム

この時作られた「高隈ダム」は、利水専用の
ダムです。

水さえあれば…その強い気持ちから、灌漑事業が進められました。串良川の上流にダムを作って水をため、そこからトンネルなどを使って水を引く大工事が、昭和30年から始められました。


灌漑事業完成後は(昭和42年以降)

灌漑事業の効果は、次の年からすぐあらわれました。水が無い為に限られた作物を細々と作っていくしかなかった台地でも、人々の努力と川の水の力で、収穫量も作物の種類でも、今では鹿児島を代表する農業地帯になりました。

灌漑事業後に作られるようになった農産物

灌漑事業で水が引かれた地域

灌漑事業で水が引かれた地域

ページ先頭へ戻る