38. 湯ノ谷(ゆのたに)川

綾盆地の北側の山地を一般県道361号綾法ヶ岳線沿いにほぼ南流し、小田爪(こだづめ)橋のすぐ下流左岸で綾北川(本庄川)に合流する。延長2.0kmの3次支川。川名は小字名の湯ノ谷にちなむ。湯ノ谷は文字通り湯のわき出る谷の意味であろう。江戸時代から湯之尾迫という湯治場(とうじば)として利用された。昭和59(1984)年11月に綾町湯の谷ヘルスセンターがオープンした。


 湯ノ谷(ゆのたに)橋

湯ノ谷川には長さ12m〜15mの七つもの同名の小さな「湯ノ谷橋」が架かっている。橋名は川名による。現在はすべて永久橋に架け替えられている。第1・第2の橋の竣工年月は不明。第3の橋は平成15年3月架け替え竣工(親柱には第3湯ノ谷橋とある、台帳は第3湯ノ谷橋)、第4・第5の橋は昭和53年(1978)3月竣工、第6の橋は昭和52年(1977)3月竣工、第7の橋は昭和54年(1979)3月竣工である。
第1の橋には町道230号小田爪・尾堂線、第2の橋には町道215号小田爪・久木野々線が通り、また第3〜第7の橋には一般県道361号綾法ヶ岳線が通る。

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 39. 下の谷(したのたに)川

綾町大字南俣の竹野前畑から流れ、落の南側を東流して綾北川に合流する延長1.5kmの3次支川。川名は「集落の下の谷を流れる川、竹野谷川の下の谷を流れる川」の意味であろう。竹野谷川は下の谷川の北側の谷を流れている。



 40. 湯ノ原(ゆのはら)川

タテイシ谷川の合流点から綾北川に合流する延長3.2kmの3次支川。最上流は熊本県多良木町。綾北川の上流である。源流が湯ノ原山であることからこの名称になったと思われる。



 41. 平谷(ひらたに)川

熊本県多良木町荒水谷から流れ綾北川に合流する延長4.1kmの3次支川。平谷という集落がある。この地名が川の名称になったと思われる。



 42. 尾股(おまた)川

西米良村字小野の外屋之瀧林道橋から流れ、綾北川に合流する延長2.6kmの3次支川。尾は山地の尾根の意味である。山の尾根付近で川が分かれていることから、生じた名称と思われる。



 43. 外屋之瀧(そとやのたき)川

西米良村字小野の外屋之瀧から流れ、尾股川に合流する延長0.4kmの4次支川。外屋のいわれは不明。



 44. 越ノ谷(こえのたに)川

小林市田代八重から流れ綾北川に合流する延長0.4kmの3次支川。この谷を越える交通路があったことから生じた名称と思われる。



 45. 蝉の谷(せみのたに)川

小林市田代八重から綾北川に合流する延長0.8kmの3次支川。古来より、蝉の鳴き声が強く響き渡る谷であったことから付いたという。


 蝉の谷(せみのたに)橋
蝉の谷という地名から命名されたという。
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 46. 猿谷(さるたに)川

田代八重から綾北川に合流する延長0.5kmの3次支川。一説によると猿が多く出没していたことから付いたという。


 猿の谷(さるのたに)橋
猿谷の地名から命名されたという。この猿谷川と猿の谷橋の川・橋はなかなかおもしろいいわれを持っていて楽しいが、残念ながら、現在はダムとなって水没しており、橋の姿を眺めることはできない。
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 47. 仁田の谷(にたのたに)川

小林市田代八重から流れ綾北川に合流する延長0.8kmの3次支川。仁田は、古くから田のある所という意味がある。川の上流にある例が多い。



 48. 弥次(やじ)川

綾町の錦原台地北部の山林地から流れ、錦原台地・野首谷・平地の開元(かいもと)集落などを東流し、綾南川(本庄川)に合流する延長2.4kmの2次支川。地元では耶治川と書き、ヤジュ川ともいう。ヤジは谷地(やち)のなまりで、ヤジ川は谷地・低湿地を流れる川の意味であろう。開元集落で浦田(うらんた)用水と合流し、郷嶋(ごしき)からは郷嶋川と呼ばれ、綾盆地東南部を灌漑(かんがい)して綾南川(本庄川)に合流する。


 郷嶋(ごうしき)橋

郷嶋交差点から約200m東側の弥次川(地元では郷嶋川)に架かる小さな橋で、主要地方道26号宮崎須木線が通る。また、一般県道354号南俣宮崎線の起点、町道109号杢道・郷嶋線の終点にもなっている。昭和54年(1978)3月の竣工で、長さ約12.8m、幅約8.7m。橋名は小字名による。郷嶋は地元ではゴシキという。郷嶋は「ゴ(川)のシキ(洲処)のある処」の意味であろうか。古くは綾南川・綾北川が流れを変え、郷嶋にも大小のシキ(洲処)があったことが想像される。

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 丸田(まるた)橋

主要地方道26号宮崎須木線の郷嶋交差点から約100m北側の所、弥次川に架かる小さな橋で、主要地方道40号都農綾線(終点郷嶋交差点)が通る。昭和46年(1971)3月に永久橋になった。長さ約9.3m、幅約10.2m。かつては丸太を何本か架けただけの橋であった。昔の橋のありさまを想像させる。

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 開元(かいもと)橋

綾中学校の西側の弥次川にかかる小さな橋で、一般県道360号田代八重綾線が通る。綾神社の大鳥居がある。昭和56年(1980)3月の竣工で、長さ約7.8m、幅約12m。橋名は小字名による。開元は山と山に挟まれた所の下、すなわち谷間が平地に開ける所の意味ではなかろうか。開元は野首谷の下の開けた所あたりの小字名である。

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 49. 軍谷(いくさだに)川

小林市軍谷の山宮橋から流れ、本庄川に合流する延長2.0kmの2次支川。戦国時代に、戦のあったところから付いたというが、どの武将との間の軍(いくさ)であったかはさだかではない。


 軍谷(いくさだに)橋

軍谷川に架かる橋というところから付いたものであろう。

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 50. 袋谷(ふくろだに)川

小林市木場屋の袋?堤から本庄川に合流する延長3.0kmの2次支川。川幅の狭い曲折の多い川が、ずっと奥まで続いているところから付いたという説がある。


 中河間(なかごま)橋

『日向地誌』には「(ナカ)ガフマ」とふりがなが付けてある。現在は地名も橋もナカゴマと呼ばれ、地名がそのまま橋の名となっている。

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 小袋(こぶくろ)橋

袋谷に対して、上流部のさらに小さな谷を小袋谷と命名したとの説があり、その小袋の地名がそのまま橋名となっている。

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 瓢箪淵(ひょうたんぶち)橋

瓢箪淵というのは、狭い川の一部の淵(川の深いところ)が、ひょうたんのようになっているところを指す。この瓢箪淵の近くの橋なので、この名が付いたと思える。ちなみに、西米良村には瓢箪淵という地名があり、地図にも記されている。

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 51. 九瀬(ここせ)川

小林市山ノ口から流れ本庄川に合流する延長4.5kmの2次支川。九瀬は川の瀬が多いことから生じた名称と思われる。



 52. 八重尾谷(はえおたに)川

山崎谷川の合流点から流れ九瀬川に合流する延長2.7kmの3次支川。八重は山あいを幾重にも曲って行く土地に付く名称である。