川の流量が豊かなときにダムへ水を貯め、必要なときに供給することで安定的に利用できる水を増加させ、新たな水資源(水道用水)を確保します。
大分市では、人口増加などで水道用水の需要は増え続けていますが、現状では、将来の需要に見合った給水量が確保できない状況です。そこで、ななせダムにより、新たな水資源開発を行い、府内大橋地点で1日最大35,000m3の取水が可能となります。
※ただし、ダムも万能ではありません。目標とする規模を上回る洪水の流入や渇水に対しては、対応できない場合もあります。
大分川流域では、幾度となく渇水被害が生じています。特に近年では、慢性的な水不足のため、暫定豊水水利権を確保し急場をしのいでいます。
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渇水年月日 | 渇水(干害)の概要 |
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昭和33年5月下旬~8月上旬 | 5月22日には、低気圧が九州南方を通過し、多いところで数mm程度の雨が降ったが、低気圧の 通過前後前線は南方海上まで南下したため、その後は晴れの日が続いた。 6月に入ってからも県北部では多いところで20mm程度の降雨量で、7月上旬の後半は夏型の気圧配置になって晴れの日が続いた。 7月末から8月はじめにかけて再び前線が南下して60mm前後の雨が降り、一息ついたと思われたが、再び夏型の晴天になり干天が続いた。8月13日~14日にかけて通過した低気圧の雨で長い干天はやっと解消された。 5月下旬~8月上旬の降水量は、平年の30%前後で、昭和14年以来の大干天であった。8月には、耶馬溪から国東半島上空一帯で飛行機による人工降雨の実験が行われた。 |
昭和42年7月中旬~10月上旬 | 8月に入ってからまとまった雨がほとんど降らず、それに連日30℃をこえる高温のため、上発散量が多く、異常渇水状態が続いた。県内各地のため池などの農業用水は枯渇し農作物の干害がではじめた。 10月26日の台風で干天が終わったが、この台風の雨は稲作期間にあわず、かんがい水不足地帯では、稲作に大きな打撃を受け、みかんや秋野菜も被害が大きかった。 農業用水ばかりでなく、表流水や浅井戸などを水源とする水道は水不足が深刻な問題となった。 |
平成6年6月下旬~9月 | 県下は6月下旬から勢力を強めた太平洋高気圧に覆われ、夏型の安定した晴天が続いた。7月25日~26日にかけて台風7号の影響で32日ぶりの雨となったが、再び夏型の気圧配置となり、記録的な暑さが9月半ばまで続いた。 干害によって県下は農作物を中心に被害が広がった。農業被害では、県全体に水稲・陸稲の被害が大きく、また、ブロイラーが約25,840羽熱死する被害も発生した。 芹川ダムでは渇水のため、水位が下がり昭和54年以来15年ぶりに発電を中止した。その他、日出生ダムなどかんがい用のため池が底をついた。 |
平成17年3月~6月 (6月14日~17日大分合同新聞より) |
県内では4~5月の少雨に加えて、梅雨入りしても雨が降らず、ダムが渇水のピンチにさらされた。竹田市と大分市にまたがる芹川ダムは、4月以降の少雨により水位が著しく低下したため、県企業局は17日午前、発電を中止し、農業用水バルブを開けて放水を始めた。同ダムの発電停止は1996年以来、9年ぶり。ほかのダムでも取水制限を検討し始めており、県内の11市町で田植え前の代かきができない所がある。 |
渇水年月 | 被害状況 |
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昭和48年11月~昭和49年1月 | 大分市内において給水制限 |
昭和53年5月~7月 | 大分市の水道が給水制限 |
昭和54年6月 | 発電停止、農業取水への影響 |
平成6年7月~8月 | 大分市の水道が工場等の大口需要者や小中学校等に対して使用規制、発電停止、農業取水への影響 |
平成8年6月 | 発電停止、農業取水への影響 |
平成17年6月 | 発電停止、上水や農業取水への影響 |
平成19年6月 | 発電停止、農業取水への影響 |
平成21年6月 | 発電停止、農業取水への影響 |
平成23年1月 | 地下水源の地下水位低下により大分市水道局が渇水対策本部を設置 |