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歴史的構造物

夜明ダム(よあけ)

夜明ダム建設工事完成直前に昭和28年(1953)の大水害に見舞われるなど、難関を乗り越えて、昭和29年に完成。発電用のダムで、長さ223m、高さ15m、10門のゲートを持つ。最大出力は1時間に1万2千キロワット。これで25000戸の家々に電気を送っている。このダムの完成によって、延宝4年(1676)につくられた袋野堰が水没した。

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田栄神社(たさかじんじゃ)

田栄神社袋野堰の建設に尽力した大庄屋田代弥三左衛門重栄の徳をしのんで建立された社。袋野堰は田代氏が独力で苦労して築造したもので、延宝4年(1676)に完成。昭和29年に夜明ダムができたために、水没した。

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日田の川沿いの民家

日田の川沿いの民家日田の川沿いでは、川が増水しても、家が浸ることのないよう、石積みで基礎を高くした家々が建ち並ぶ。船着場の機能を備えたところもあるなど、水と共存していた人々の暮らしが、今もなお息づいている。

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三隈堰(みくまぜき)

三隈堰文政年間(1823頃)築造された堰。現在の堰は昭和34年(1959)に改築されたもので、長さ150m、高さ3.6m。約40ヘクタールの水田を灌漑している。

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竹田公園人助けの椋(むく)

竹田公園人助けの椋三隈川の右岸にそびえる樹齢数百年の大椋。明治22年、大正10年と二度の大水害で、その椋にしがみついた93人の命を濁流から救った。大正11年5月、この樹下に「霊木記念碑」という石碑が建てられた。

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