古くから続いてきた洪水との闘い

現在は公園として整備されている千栗堤防跡
現在は公園として整備されている千栗堤防跡

日本有数の暴れ川としても有名な筑後川では、古くから治水にも力が注がれてきました。藩政時代には堤防や水の流れを変えて岸辺を守る水制を流域の各藩が争って築きました。また舟運の水深を維持する働きもある荒籠をつくったり、堤防を築くなどの土木工事も行われましたが、自分の国の領地を守ることが目的で、筑後川全体のことを考えたものではありませんでした。川沿いにすんでいる人たちは、万一川が氾濫した場合の避難場所を備えた水屋をつくったり、敷地を堤で囲って輪中にするなど、洪水から暮らしを守るために、さまざまな工夫や努力を続けてきました。

水流を変えるためにつくられた荒籠
水流を変えるためにつくられた荒籠
石積みの上につくられた水屋(鳥栖市安楽寺町)
石積みの上につくられた
水屋(鳥栖市安楽寺町)
敷地を取り囲む輪中堤
敷地を取り囲む輪中堤

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