これまでのあゆみ

噴火災害と対応

災害頻発期(平成3年5月〜平成7年4月)

災害の発生<初期>(平成3年5月〜平成5年3月)

崩落の危険性がある溶岩ドーム

崩落の危険性がある溶岩ドーム

平成3年5月になると火山性微動や震源の浅い地震が多発するようになりました。5月20日、地獄跡火口内における溶岩ドームの出現が確認され、噴火活動は新たなステージに入りました。

5月24日になると、成長を続ける溶岩ドームの一部が東側に崩落し、初めて火砕流が発生しました。5月26日には火砕流は流下距離を伸ばし、土木工事関係者が火傷を負い、初めて人的被害が生じました。


平成3年6月3日、より規模の大きな火砕流が発生し、死者40人、行方不明者3人、負傷者9人、建物被害179棟という、我国の火山災害としては極めて大規模な惨事となりました。さらに、6月8日にはより大規模な火砕流が水無川を国道57号付近まで流下し、207棟の建物に被害を与えました。しかし、島原市は前日の6月7日に災害対策基本法第60条に基づき、警戒区域を設定し、住民を避難させていたため人的被害は生じませんでした。


また、心配された土石流は5月15日の降雨によって水無川で初めて発生しました。度重なる噴火や火砕流の発生によって、火山灰と火砕流堆積物が広く山腹を覆い、流域の荒廃が加速しました。そのため6月30日には、湯江川・土黒川においても土石流が発生し、水無川では国道57号上流地点から氾濫した土石流が直進して海岸まで到達しました。その後、平成4年には火砕流の拡大と土石流が頻発し、火山災害の長期化の様相が見え始め、平成5年になっても同様の状況が続きました。


災害の発生<中期>(平成5年4月〜平成6年9月)

平成5年4月28日、噴火活動が始まって最大の大雨が島原地方を襲いました。水無川ではこれまでで最大規模の土石流が発生し、水無川下流域での氾濫によって、579棟の建物被害の他、国道251号や島原鉄道など、交通施設に多大な被害を与えました。



火口より流れ下る火砕流

5月になると、溶岩ドームの成長方向が北東側へ転じ、中尾川流域の千本木地区を火砕流が襲いました。すべての住民は避難済みでしたが、家の様子を見に来た1名が死亡し、平成3年6月以来の犠牲者となりました。


中尾川でも火砕流の影響によって土石流が流下して国道251号を不通にさせ、島原市街地は眉山の南北の渓流で発生した土石流によって7月4日、17日、8月20日、一時的に孤立する事態に陥りました。

  • 島原半島防災WEB図書館 記録・資料
  • ライブカメラ(現在の普賢岳や水無川等の様子が見られます)
  • 災害画像集(平成の噴火災害がわかります)
  • 無人化施工(それは雲仙から始まった)
  • 砂防指定地利活用ルール(火山との共生を目指して)
  • 溶岩ドーム (溶岩ドームに関する委員会資料など)
  • 道路事業(平成24年10月より長崎県に移管)
  • 大野木場砂防監視所
  • 草刈り
  • 島原大変記
  • 砂防用語集
  • 地域の元気は九州の元気
  • 溶岩ドームの状況
  • 防災教育
  • ストック効果
  • 防災ポータルサイト 九州防災情報御
  • 九州防災・災害情報アーカイブ

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