平成8年8月10日

建設省 九州地方建設局
     局長 肥田木 修 殿

川辺川ダム事業審議委員会
委員長  江 藤   孝

川辺川ダム事業審議委員会の答申について

本審議委員会は、平成7年9月4日、貴職から、川辺川ダム事業について、「今後とるべき事業の方向について意見をいただきたい」旨の諮問を受け、下記の12名の委員により、平成7年9月8日の第1回委員会から本日の第9回委員会に至るまで慎重審議を重ねた結果、別紙のとおり結論に達したので、答申として提出します。

熊本大学法学部教授(委員長)   江藤  孝
熊本大学理学部教授        岩崎 泰頴
九州共立大学学長         長  智男
九州東海大学農学部教授      戸田 義宏
熊本県立大学総合管理学部教授   米沢 和彦
熊本県知事            福島 譲二
熊本県議会議員          高田昭二郎
人吉市長             福永 浩介
相良村長             高岡 隆盛
五木村長             西村 久徳
相良村議会議長          恒松  新
五木村議会議長           照山 哲榮

川辺川ダム事業について(答申)

審議の経過及び審議の公開

川辺川ダム事業審議委員会は、平成7年9月4日、建設省におけるダム事業に係る事業評価方策の試行の一環として、川辺川ダム事業について、「改めて、地域の意見を聴き、今日における事業の意義、事業の内容などについて審議し、今後とるべき事業の方向などについて意見を(具申すること)」を目的に設置され、本審議委員会に対して、九州地方建設局長から、同ダム事業について、「継続して実施」、「計画変更して実施」、「中止」のいずれが妥当であるかの意見を求める諮問がなされた。

本審議委員会は、平成7年9月8日の第1回委員会において、審議の基本方針を決定し、これを踏まえて、同年10月8日、9日の両日にわたって学識委員による現地調査を行うとともに、同年11月12日に人吉市において公聴会を実施した。次いで、これを受けて同年12月2日の第2回委員会において、論点整理を行い、これに従い、平成8年1月27日の第3回委員会から同年6月30日の第7回委員会にわたって、「地域づくり」、「治水計画・ダム計画」、「環境、地質・構造」、「利水事業」の各論点について、専門家あるいは報道関係者を参考人として招致して意見を聴取し、また、委員からも専門的立場から報告を受け、さらに、建設省(九州地方建設局)及び農林水産省(九州農政局)に対して事業者としての説明を求めた。この間、平成8年2月17日には、学識委員が水没予定地をかかえる五木村に出向き、村民から直接意見を聴いた。
さらに、平成8年7月13日の第8回委員会において、これまでの審議委員会の審議内容・活動内容を整理するために、「川辺川ダム事業審議委員会開催経緯及び概要」をまとめるとともに、市民団体等からの申し入れ・要望等について、その問題点を整理し判断を示すために、「各団体等からの申し入れ等について」を確認した。引き続き、これまでの個々の審議経過を踏まえて、総括的な審議を行い、次回委員会において答申案を審議することとなった。

本答申は、平成8年8月10日の第9回委員会において、全委員一致の意見として達した結論である。また、審議委員会の意見のほか、これを補完するために、各委員の意見を「補足意見」として付記した。

なお、本審議委員会は、その公開については、第1回委員会において、審議の円滑性と審議内容の透明性とを確保するために、委員会自体については、審議の円滑な遂行への協力と正確な報道を要請したうえで、報道機関(県政記者クラブ所属13社)に対して原則公開すること(傍聴取材を認めること)とし、委員会議事要旨等の会議内容については、委員会の確認を経て、一般に公開すること(一定の場所で一定期間閲覧に供すること)とした。また、審議委員会宛の各団体等の申し入れ・要望等については、事務局を通じて正式に受理したうえ、その都度委員会において配布し、審議の参考に供した。

結 論

川辺川ダム事業は、「継続して実施」することが妥当である。なお、事業の継続にあたっては、今後とも、関係機関との調整はもとより、地域住民・流域住民の意見を十分聴くとともに、環境の保全に最大限の配慮をなし、本ダム事業が所期の目的を達し地域の発展に寄与するよう要望する。

理 由

1.事業の経緯

球磨川流域は、昭和38年、39年、40年の各洪水により甚大な被害を受けたため、建設省に対して、熊本県及び流域市町村からダム建設を含めた抜本的な治水計画の要望が提出され、41年7月に、「球磨川水系工事実施基本計画」が決定され、その一環として川辺川ダム計画が発表された。これに対して、五木村議会では、村の中心部が水没することとなるため、ダム建設反対の決議がなされた。しかし、その後、五木村から、建設省九州地方建設局及び熊本県に対し、五木村立村計画の基本的要求55項目が提出され、関係機関間での調整の結果、建設省九州地方建設局と五木村及び相良村との間で、「川辺川ダム建設に伴う測量及び調査についての協定書」が締結され、これにより、本格的な調査及び測量の着手がなされた。

次いで、昭和51年3月、建設省は、「川辺川ダムの建設に関する基本計画」を告示したが、一部水没団体(五木村・相良村の水没者地権者協議会)からダム基本計画の取り消しを求める訴訟が提起された。しかし、昭和55年3月、熊本地裁が原告の訴えを却下し、また、地元関係者及び関係行政機関による多大な努力の結果、相良村地権者協議会は訴訟を取り下げ、56年4月には、建設省とダム容認地権者(川辺川ダム対策同盟会、五木水没者対策協議会、川辺川ダム対策協議会)との間で損失補償基準に関する協定が締結され、これにより順次用地取得が進められるに至った。

このような状況の中で、五木村及び同村議会は、村外移転者の増加等を憂慮し、ダム建設を容認し一日も早く村の再建に取り組むべきであるとして、昭和41年7月に決議された「ダム建設反対決議」の撤回を決議し、59年4月に、建設省九州地方建設局、熊本県及び五木村の3者間で、「川辺川ダム建設に伴う協定書」が調印された。

一方、訴訟中の一部水没住民(五木村水没者地権者協議会)とも地元関係者及び関係機関による交渉が続けられ、これら水没住民も、このままでは村の再建はおろか廃村にもなりかねないとの危機感を強め、昭和59年4月に訴訟が取り下げられ、平成2年12月に、損失補償基準に関する協定が締結された。これにより、五木村では、全村としてダム建設に対する理解が得られるに至った。

なお、この間、昭和61年12月、熊本県により水源地域整備計画が決定され、平成元年7月には、「川辺川ダム建設に伴う立村計画」が五木村議会で承認され、川辺川ダム建設を前提とした地域振興対策事業が進められるに至っている。また、ダム建設に伴う付替道路工事は、平成8年7月末までに約65パーセントの進捗となっており、五木村の再生の要となる頭地代替地についても、用地買収が概ね完了し、本格的な造成工事の段階に入っている。

以上の通り、川辺川ダム事業は、昭和41年の計画発表以来約30年にわたって様々な曲折を経ているが、現在、同事業は、苦渋の選択であったとはいえ、地元村及び流域住民の同意のもとに中断することなく継続して進められており、流域市町村議会等からは「川辺川ダム建設の早期完成に関する意見書」等が提出されている。

2.審議委員会の意見

(1)治水計画

球磨川は、我が国特有の急流河川に属し、その流域は過去に幾多の洪水による被害を受けており、水害防止という観点から治水対策が必要であることについては、異論はみられない。したがって、問題は、現計画のダムによる治水の当否である。

この点、球磨川の洪水調節については、ダム以外の代替施設(遊水地、トンネル河川による分水・家屋の嵩上げあるいはこれらの組み合わせ)による方法も提言されているが、これらはいずれも現実性に乏しく、川辺川ダム建設による方法が最も妥当である。また、治水計画の基本となる基本高水流量については、現計画は余りに過大ではないかとの意見もあるが、計画策定モデル(単位図法)以外のモデル(貯留関数法)による検証結果でも同程度の結果が得られており、さらに森林の保水機能等を考慮にいれても、妥当な値であると判断される。

もっとも、川辺川ダムが洪水調節の効果を十分発揮するにしても、さらに降雨予測・洪水予測等の精度の向上を図り、ダム操作の安全性の確保に、より一層努めるとともに、市房ダムとの統合管理についても最善の努力をすることが望まれる。

また、ダム上流域等の荒廃防止を含めた森林機能の強化についても、関係機関と連携した積極的な対応が望まれる。

(2)ダム計画
 [1] 利 水

河川環境用水については、河川流量が一定の流量を下回ったときに、ダムから水を補給し、流量改善を行うことになっており、ダムによって現在の平常時の流況を悪化させるものではない。

かんがい用水については、川辺川ダムから球磨川上流域の右岸側地域にかんがい用水を安定的に供給し、生産性の向上と農業経営の安定化・近代化を図ることを目的とした「国営川辺川土地改良事業」が計画されているが、本計画については、計画変更に伴い、変更計画に対する異議申し立てがなされ、平成8年3月29日、主務大臣である農林水産大臣が同申し立てを棄却ないし却下し、4月4日、変更事業計画が確定した経緯がある。しかし、農林水産省及び建設省から、計画変更によってかんがい容量に著しい変更はないとの確認を得たので、本審議委員会は、利水計画についても計画は妥当であるとの判断をした。

なお、川辺川ダムによって、異常渇水時においても適切な渇水調整を行い、渇水による被害を最小限に抑制することができるとされているが、そのためには、ダム完成までに、球磨川における渇水調整のための体制づくりをしておく必要がある。
発電については、河川環境用水やかんがい用水等を下流に放流する水力を利用するものであり、水資源の有効利用として妥当である。

[2] 地質、ダム構造及び堆砂

地質については、ダム築造のうえで問題はないと判断されるが、ダム構造については、最新の技術を駆使し、耐震対策を講ずる等万全の安全性を確保すべきである。なお、貯水池周辺の地質で、地滑りなどを引き起こすおそれがある箇所については、抑止対策を行うとともに監視等の対応を図るとされているが、不測の事態に対応する体制について、さらに検討されたい。

堆砂量については、妥当な予測であると判断されるが、貯水池上流部における堆砂や汚濁等の影響が考えられるので、その対策等について一層の検討が望まれる。

(3)環 境

自然環境への影響については、これまでも環境調査が行われ、これを踏まえて、学識者等の指導を得ながら、水質、動植物、景観等の環境対策について、実現可能な施策については実施しあるいは計画されている。この点、従来の治水中心のダム事業からの転換の姿勢をうかがうことができる。

しかし、今後ダム事業を進めるにあたっては、単に治水・利水に付随する環境対策にとどまらず、治水・利水と同列の環境保全を図り、人間と自然とが共生できる方策をとるべきである。

ことに、地域の自然植生を極力保全するために、山腹の掘削等は最小限に抑え、また、動物等の生育環境を極力保持するために、水飲み場の設置や移動路の確保等の保全対策を実施することはもとより、ダム建設で生育・生息の場を奪われる動植物の新たな生育・生息の場を確保し、さらに、森林の有益な機能を生かすために、保護林帯等ダム湖畔の森林の積極的な保全に努めるべきである。なお、環境保全については、省庁の枠を越えて関係機関との緊密な連携が実現することを切望する。

貯水池内及び下流河川の水質保全対策としては、選択取水設備や清水バイパス等の設置が計画されているが、さらに、現在の河川水の状況に極力近づけ、魚類や水生生物等の生態への影響を極力抑えるような運用方法等について、学識者等の指導を得ながら一層の調査・研究を行い、河川環境の保全に最善の努力をすることが望まれる。

なお、ダム建設後に、水質・水温のモニター、小規模地震・動植物の動態等についての追跡調査を行い、必要に応じて適切な対応を図れるような方策を設けておくべきである。

(4)地域づくり

五木、相良の両村及び住民は、昭和41年の川辺川ダム計画の発表以来、数々の苦渋の選択を迫られ、ことに、五木村からは水没予定地域の村民の村外移転が相次ぎ、村の活力が急速に失われつつある。

このような状況のもとで、五木村をはじめとする地域の活性化を図るためには、地域の自然や伝統・文化を十分活かした生活関連施設あるいは産業基盤の整備充実及び若手を中心とした人材の育成を積極的に推進しながら、ダム事業を継続することが必要である。もっとも、このような地域づくりは当該地域の努力だけでは実現が困難であり、建設省、熊本県あるいは周辺市町村との密接な連携のもとに行われなければならないから、そのための体制づくりが早急に具体化することを切望する。

なお、頭地代替地の完成までの間に、ダム完成後の生活再建や地域振興の基盤づくりのために、水没予定地域内で事業等を計画しても、同地域は河川予定地に指定されているため、土地利用等について法的規制を受け、このことが五木村の活性化を阻害しているとの意見がある。この点、建設省は、生活再建や地域振興のための土地利用等については、五木村及び熊本県と協議しつつ弾力的な運用を図るよう対応されたい。

3.各委員の補足意見

(岩崎委員)
  • 頭地地区以外の大きな集落からの生活排水対策が必要である。
  • 低水位の6~9月期には頭地周辺は湖の状態にならない。観光の面からみて、村民の多くは10m前後の湖面水深を期待している。
(長 委員)
  • 農林水産省、熊本県は、関係市町村や農業協同組合の協力を求め、かんがい農業の営農指導組織を確立し、主要作物別にモデル圃場を設置するなど、市場性を考慮した強力な営農指導を行うことが必要である。
(戸田委員)
  • より広い範囲の支流とその周辺の動植物に関する調査及び保護対策を実施し、自然と共生する持続可能な国土利用を行うべきである。
(米沢委員)
  • 少数意見、反対意見等にも充分配慮する必要があるが、最終決定は議会制民主主義のルールに従うべきである。
  • 自然を見直すアウトドア志向が高まっているので、自然環境の保全に充分配慮しつつ五木と五家荘を一体化した開発を構想することが有益である。
(福島委員)
  • 反対意見に対して、更に理解を求める努力を継続するとともに、その心配される事態がおこらないよう最大限の努力を払うこと。
(福永委員)
  • 球磨川中下流域の河川改修を進めること。
  • ダム下流の観光・産業に影響を及ぼさない水質保全と流量の確保を行うこと。
(高岡委員、恒松委員)
  • 人工林化が進んでおり、森林の保水力、止水力が低下しており、森林の治水機能だけに依存するのは不可能である。
  • 川辺川土地改良事業の早期完成を実現するため、ダム建設に絶大な展望を期待している。
  • 農業の振興を促すためにはかんがい用水の確保が重要であり、現計画の維持用水量は妥当である。
(西村委員、照山委員)
  • 川辺川ダム建設を前提に新しい村づくりを進めるため、子守唄の里づくり計画「五木村ルネッサンソン」を策定しており、この実現に向け財政面、人材面において、国、県の強力な支援ができるようお願いする。
(照山委員)
  • 頭地地区周辺の水質と貯水池周辺(裸地等)の環境を良好に維持するため、副ダムの建設等の努力をする必要がある。

平成8年8月10日   
川辺川ダム事業審議委員会

委員長 江 藤   孝
    岩 崎 泰 頴
    長   智 男
    戸 田 義 宏
    米 沢 和 彦
    福 島 譲 二
    高 田 昭二郎
    福 永 浩 介
    高 岡 隆 盛
    西 村 久 徳
    恒 松    新
    照 山 哲 榮